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人が主体的であること

当たり前だけど、人間にはいろいろな人がいる。
・・・そう、こんな当たり前のことだけど、理解するのはなかなか難しい・・。
自分自身もライフワークとして、その一つに人へのいわば”共感”する力、
それを磨こうという努力は自分なりにしてきたつもりだけど、
そうはいっても、身近な人ですら、理解できず、排他的な態度をとってきたことも少なくない。

自分がとってきた態度の中で一番後悔しているのは、大学の後輩にとった態度。
サークルを運営するにあたり、いわゆる運営会議で、運営する立場にもかかわらず、
何も考えてこない、何も話さない、やる気のなさを強調する、
そんな後輩に対して、なげやりな態度をとったことが一度や二度じゃなかった。

当時は、なんで後輩がそんな風にいられるのかが全く理解できなかった。

それから数年後、自分自身社会人となって、会社の中で働くなかで、
上司の理不尽な態度、怒り、要求の前に、仕事をやりがいをもって主体的にとりくむのではなく、
ただただ、上司に怒られないためにどうするか、と上司の目をうかがうことだけに気を取られ、
会議では、波風をたてないように、何も話さず、考えず、上司にとってみればいかにやる気のない人間に映っただろう。
いつの間にか、自分自身が大学の時の後輩と同じ立場で、同じ行動をとっており、
そのことに気づいた時、初めて大学の時の後輩の気持ちを察することができた。

大学時代、自分がいかに高圧的で、余裕がなく、周りの仲間の状況に即した運営の仕方をしていなかったか、
そのことに気付かされ、きっと後輩もそんな中で、身動きできなかったのだろうな・・。

きっとその後輩も、もっと恵まれた条件であれば、それこそ主体的にいろいろなことに取り組んでくれ、
サークルを運営する上で大きな力を発揮してくれたに違いないだろうと思う。

一人の人間の能力というのは、きっとそれだけ周りの人間の”居方”にも影響されるのであって、
それこそ自分の責任と意思によってのみ発揮されるものではないんだな、って実感している。

以来、ヒトに対して、権威的でなくエンパワーメントできるような接し方ができればと思い模索する毎日・・
その実現まではまだまだ道のりは遠いかな・・。

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