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広場づくりの道①

「人が立ち上がっていくためには、家族友達との関わりばかりだけではなく、そういう身近な圏域を超えて多様な人々が交わる広場に身を浸すことが、どこかで必要になるのではないだろうか。子どもは自分だけで自分の価値を承認することは出来ない。信頼できる親や教師といった身近な大人のまなざしを通して、はじめて子どもは自分の価値を見出していく。
しかし、どんなに立派な大人も自分と子どもの一対一の関係の中だけで、その子どもの自立を支えきるのはむずかしいだろう。自分が立ち上がっていくとき、自分に向かい合ってくれる一人の他者がどれだけ貴重かは強調しても強調しきれない。しかし、その自立の足場が確かなものになるためには、信頼できるその人との一対一の関係を軸にしながらも、どこかでそれを越える未知の人々が交わる広場を生きることが必要になる」
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--「広場づくりへの道を歩む人たち」演劇と教育630号 岩川直樹著 より--


前にも書いたっけ?抽象的だけれど、私はこれまでずっと誰かの人生を励ませるようなことができればいいなって思っていました。
この世の中には、あまりにも無理解による誤解や偏見が多すぎる。そうした誤解や偏見が多くの人の成長や人生にとって不利なものとして受け取られ、それが原因で悩みたたずんでいる人がとっても多いような気がするんです。

だからこそ、そうした人に対してその人の本来は持っている人間らしさや魅力を見つけて、そして伝えられる、そういう人間になりたい。そんな風に私はずっと思ってきました。

ただ言葉で言うのは簡単だけれど、それを実践するのはなかなか難しい・・。相手の前に対峙した際に自分自身に生ずるさまざまな感情、それは嫉妬や嫌悪感、何も声をかけられなかったときの無力感。そしてその行為の目的自体が本当は自分自身が相手にほめられたい、認められたいだけなのでは・・という恐怖感、そんな感情が私を襲うことも度々です。

そして何より、私と相手の一対一の関係でできることっていうのは、実はそんな多くはないんだな・・そんなことも実感しました。

上記の岩川直樹さんの論文にもあるように、どんな大人も一対一の関係の中だけで、こどもの自立を支え切るのは難しいことなんだと思います。人はどこかでそれを超える未知の人々が交わる広場をいきることが必要、その通りなのだと思います。

一対一の関係の中での援助は、時に共依存的な関係に入り込む危険性もあります。人は相手を援助すること、そして援助されることだけが人生の最終目標ではありません。そして、一対一の関係だけで、その人が自分の人生を主体的に生きていく力を築くことはできない、より多くの人との関係の中でそうした力は本当の意味で形成できるのだと思います。

”援助者”という言葉の正式な定義はよくわからないし、援助といっても様々な形態のものが存在するのだとは思います。しかし、今わたしにとって必要な援助に関する視点というのは、”広場”というものを前提にしたプロセスなのかなって思うのです。

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